キャリア・アンカー - Career Anchor –
有名なキャリア理論のひとつに、組織心理学者のエドガー.H.シャイン(1928-2023)教授が提唱した「キャリア・アンカー」があります。
キャリア・アンカーとは、人がキャリアを選択する際に、自分にとって最も大切で、これだけはどうしても犠牲にできないという拠り所となるもので、動機(欲求)、能力(スキル)、価値観などから構成されています。

日本の教育心理学者の渡辺美枝子氏は、自身の著書の中でキャリア・アンカーを次のように説明しています。
「アンカーとは直訳すると船の錨である。船の錨は、船をつなぎとめ安定させるためにあるのだから、キャリア・アンカーも同じくキャリアを安定させるために役立つ。自分自身のキャリア、職業上のセルフイメージがある方が、それが判断基準となり、落ち着いてキャリアを構築していけるということは容易に予測される。」~渡辺美枝子 2022「新版 キャリアの心理学」第2版第7刷 ナカニシヤ出版 より引用~
キャリア・アンカーは、職業経験や生活を通してつくられていく性質であるため、30歳前後に形成されるものといわれています。このため、学生や若手社員にはまだ確立されていないことがあります。また、形成されたキャリア・アンカーは、その後の経験や状況の変化によって大きく変わることは少ないと考えられています。
キャリアのことで迷ったとき、自分のキャリア・アンカーについて考えてみることは有効なことだと思います。
キャリア・アンカーの活かし方
転職や再就職のときに職業選択で悩むことが多いかと思います。
・自分に合う仕事がわからない
・職種は決まっているけど会社を決められない
・入社しても長続きしない
こんなとき、自分のキャリア・アンカーについて考えてみるといいかもしれません。
自分のキャリア・アンカーが何なのかを知り、そのキャリア・アンカーに合った仕事に就けることが、理想的なマッチングと言えるでしょう。
キャリア・アンカーの8つのパターン
キャリア・アンカーは8つのパターンに分類されています。どのようなものがあるのか、簡単にご紹介いたします。
※コンピタンスとは、「単なる能力のことではなく、周囲の環境からの要求や達成すべき目標に対して、対処・処理・順応する能力」のことを指しています。
(1) 専門・職能別コンピタンス
専門的に特定の分野で能力を発揮したい
(2) 全般管理コンピタンス
企業経営(組織)に求められる全般的な能力の獲得を重視したい
(3) 自律・独立
組織のルールに縛られずに自分のやり方で仕事を進めたい
(4) 保障・安定
経済的安定を最優先に考え、組織への忠誠や献身に努める
(5) 起業家的創造性
新しいものを創り出すという創造性の発揮を重視したい
(6) 奉仕・社会貢献
何らかの形で世の中を良くしたいという価値観を重視したい
(7) 純粋な挑戦
解決困難に見える問題など、難しさに挑戦したい
(8) 生活様式(全体性と調和)
仕事の時間と個人の時間のどちらも大切にしたい
キャリア・アンカーの留意点
自分のキャリア・アンカーを知った後、それを職業と一対一でつなげてしまうことは避けなければなりません。
例えば、医者という職業の場合、「病気を治したい【 奉仕・社会貢献】」という人もいれば、「多くの医療知識(技術)を獲得したい【専門・職能別コンピタンス】」という人や「高い給料をもらいたい【保障・安定】」という人もいるなど、人によってどこに価値を置くかが異なっています。
ですから、職業という外的なイメージのみで決めつけず、職業のもつ内的な部分にも着目することが必要になってきます。
また、人によっては、同じ強さのキャリア・アンカーが複数存在することもあるかもしれません。その場合、本人が拮抗するキャリア・アンカーについて深く考え、その意味を理解する必要があると思われます。
自己理解や仕事理解の大切さ
自分のキャリア・アンカーを知ることは、自己理解を深めるということになります。
学生の就職活動では「自己分析と企業研究が大切!」とよく耳にしますよね。実は、社会人であっても同じことで「自己理解と仕事理解が大切!」となります。若干の単語の違いはありますが、同じ意味なんです。
自分がどんな人間であるかを知るには、これまでの人生や職歴を振り返りながら次のようなことを洗い出していきます。
①何に興味があるのか、何がしたいのか
②何が得意なのか、何ができるのか
③何を大切にしたいのか、何に価値を感じるのか
過去を振り返って整理することを「キャリアの棚卸」といいますが、自分一人でやるには根気が必要で、おそらくモチベーションが続かず挫折してしまう方が多いのではないかと思われます。
キャリアカウンセラー(キャリアコンサルタント)はそのお役に立つために存在しますので、是非ご活用ください。
今回お話させていただいたキャリア・アンカーをはじめ、職業適性検査などのアセスメントツールを利用した自己理解はとても有効的なものなのですが、正しい使い方をしないと害になってしまう恐れも併せ持っています。
ひとつの結果や想いに固執してしまうのではなく、視野を広く保ち、自分の可能性を信じながら主体的にキャリアを築いていって欲しいと願っています。