前回のブログ『迷いや不確実さを味方につける。「積極的不確実性」でひらくキャリアの整え方』では、H.B.ジェラットが提唱した「積極的不確実性(Active Uncertainty)」という考え方をご紹介しました。
人生やキャリアにおいて「将来の予定を完璧に計画することはできず、不確実で決まっていない状態こそが自然である」と受け入れ、迷いや変化を否定せずにしなやかつき合っていく心の姿勢についてお話ししました。
「不確実さを受け入れる」という心の準備ができたとき、次に湧き上がってくるのは「では、具体的にこの不確実で変化の激しい時代を、どう行動し、どう生きていけばいいのだろうか?」という問いではないでしょうか。
社会構造の変化、テクノロジーの急速な進歩、そして予測困難なライフイベント。
これらが複雑に絡み合う現代において、従来のような「1つの会社で決められた階段を上り続けること」だけを目標にする生き方は、少しずつ難しくなってきています。
そこで今回は、ジェラットの思想とも深く響き合いながら、現代のキャリア理論において非常に重要な役割を果たしている「プロティアン・キャリア(Protean Career)」という考え方を一緒にみていきましょう。
無理に前向きになる必要はありません。
「変化に振り回されて疲れてしまった」「この先の働き方に漠然とした不安がある」と感じている方が、心を少しゆるめ、ご自身の歩みを静かに見つめ直すきっかけになれば幸いです。
プロティアン・キャリアとは? 〜変幻自在な海神に由来する思考法〜
「プロティアン・キャリア」とは、1990年代にアメリカの心理学者ダグラス・ホール(D. T. Hall、1940-現在)によって提唱されたキャリア概念です。
「プロティアン(Protean)」という言葉は、ギリシャ神話に登場する海神「プロテウス(Proteus)」に由来しています。プロテウスは、自身の姿を自由自在に火や水、獣などへと変形させることができる神様でした。
つまり、プロティアン・キャリアとは、「時代の変化や置かれた環境に合わせて、自分自身の形を変幻自在に変えていく、柔軟で主体的なキャリアのあり方」を意味しています。
従来の「一本道キャリア」との違い
従来のキャリア観では、「どこかの企業に所属し、そこでの役職や評価を上げていくこと」が一本道の正解とされていました。
しかし、終身雇用や年功序列という前提が薄れつつある現代において、固定化された一本道だけを頼りにすることは、かえってリスクになる場合があります。
プロティアン・キャリアは、組織という枠組みを否定するものではありません。
「組織の中にいようと、外に出ようと、自分の人生のハンドルは自分で握っておく」という、しなやかな自律の姿勢を教えてくれる理論なのです。
ジェラットの「積極的不確実性」との違いとつながり
ここで、前回ご紹介したジェラットの「積極的不確実性」と、ホールの「プロティアン・キャリア」の関係性を整理してみましょう。
この2つは対立するものではなく、「心の土台」と「実践のステップ」という深い繋がりを持っています。
2つの理論のアプローチを整理する
| 比較項目 | 積極的不確実性(ジェラット) | プロティアン・キャリア(ホール) |
| 主な焦点 | 意思決定・心構え(マインドセット) | 行動様式・適応プロセス(ライフスタイル) |
| 問いかけ | 「未来の不確実さや迷いと、どう向き合うか?」 | 「変化する環境の中で、自分をどう変形させるか?」 |
| 果たす役割 | 不確実な現実を受け入れ、心をひらく**「土台」** | 自分軸を持ち、環境に適応して動く**「実践」** |
海で泳ぐ姿勢に例えて考える
例えるなら、海で波に乗るときに「荒波が来ることを受け入れ、怖がりすぎずに海へ入る心の準備」をするのがジェラットの積極的不確実性です。
そして、「実際に波の高さや風向きに合わせて、自分の体勢やボードの傾きを柔軟に変えながら泳ぎ切る技術」がホールのプロティアン・キャリアと言えます。
「先が見えないこと」を否定せず受け入れる土台(ジェラット)があるからこそ、私たちは不安に押し潰されることなく、自分自身を変形させていく実践(ホール)へと足を踏み出すことができるのです。
プロティアン・キャリアを支える「2つの柱」
ホールは、変幻自在にキャリアを形成していくためには、相反するように見える「2つの要素」が不可欠であると説きました。それが「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」です。
一見すると、「自分軸を持つこと(アイデンティティ)」と「変化に合わせること(アダプタビリティ)」は矛盾するように思えるかもしれません。しかし、この2つは車の両輪のように作用します。

柱①:アイデンティティ(自分軸)
アイデンティティとは、「自分は何を大切にして生きているのか」「どんな状態のときに納得感を得られるのか」という内面的な価値観や信念のことです。
外の環境がどれだけ激しく変化しても、自分の中に「これだけは譲れない」という芯(錨=アンカー)があることで、私たちは自分を見失わずに済みます。
軸のないまま変化に合わせようとすると、ただ他人の意見や環境に振り回され、消耗してしまいます。
柱②:アダプタビリティ(適応力)
アダプタビリティとは、状況の変化に応じて、自分のスキル、考え方、関心、人間関係などをアップデートしていく柔軟性のことです。
どれだけ強い自分軸(アイデンティティ)を持っていても、過去の成功体験や古いやり方に固執してしまうと、環境の変化に取り残されてしまいます。
「今の自分に必要な知識は何か」「どう工夫すれば今の環境で活かせるか」と考え、自分をリモデル(再構築)していく力です。
職場のリアルな場面で考える「2つの柱」の活かし方
では、この「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」は、私たちが日々直面する職場の葛藤や不確実な局面で、どのように活きてくるのでしょうか。より具体的で現実的な2つのケースを通じて考えてみましょう。
ケース1:理由の分からない不本意な部署異動(希望職種からの外れ)
【背景】
ずっと希望していた「商品企画部門」で情熱を持って働いていたAさん。しかし突然、会社から「カスタマーサポート(問合せ対応)部門」への異動を命じられました。明確な異動理由は説明されておらず、スキルアップのための育成目的なのか、単なる人員穴埋めなのかも分かりません。思い描いていたキャリアプランが崩れ、「自分のこれまでの努力は何だったのか」と深く落ち込んでいます。
この状況において、プロティアン・キャリア的なアプローチはどのような展開をもたらすでしょうか。
- 従来の(固定的な)思考:
「やりたい仕事ではない」「キャリアの遠回りをさせられている」と捉え、嫌々業務をこなしながら、理由のわからない異動への不満で心をすり減らしてしまう。 - プロティアン・キャリア的な思考:
- アイデンティティ(自分軸)の再確認:
「自分が企画でやりたかった本質は何だろう? 単に『企画書を書くという作業』ではなく、『人の困りごとを発見し、それを解決する仕組みを作ること』だったのではないか」と自分の価値観(軸)を一度言葉にしてみる。 - アダプタビリティ(適応力)の発揮 〜引き出しを増やす意識〜
たとえ不本意な人事であっても、次のステップで「対応方法(アダプタビリティ)」を切り替えます。
- 「カスタマーサポートは顧客の生の不満が届く宝庫」と捉え直す
- 問合せ傾向を分析・データ化し、どこでも使える「顧客理解のポータブルスキル」にする
- 新しい素材や調理法(顧客視点)を手に入れ、将来再び企画を作るときの「隠し味」にする
- 置かれた環境で新しい視点を獲得し、自分をリモデル(再構築)していく
- アイデンティティ(自分軸)の再確認:
過去を振り返ってみても、「当時は不本意だった経験や遠回りに思えた出来事が、後になって思いがけず今の自分を助けてくれた」という経験をお持ちの方は少なくないはずです。
「自分が大切にしたい本質(軸)」を見失わなければ、置かれた環境がどうであれ、そこで新しいスキルや視点を獲得し、自分をリモデルしていくことができるかもしれません。
ケース2:指示通りに動かない部下とのマネジメントの壁
【背景】
プレイングマネージャーとして成果を上げ、管理職に昇進したBさん。しかし、チームのマネジメントで壁に突き当たっています。プライドが高く自身の過去の経験に固執して指示を聞かない「年上の部下」と、モチベーションが乏しく指示待ちで最小限のこなす業務しかしない「若手部下」。褒めて伸ばすべきか、アメとムチで指示すべきか悩むものの、言い過ぎればパワハラと言われかねない恐怖もあり、板挟みで疲れ果ててしまっています。
年上部下に下手に歩み寄ればマウントを取られかねず、若手に強く出れば引きこもられてしまう。この複雑な状況において、Bさんはどう立ち回るのがプロティアン的と言えるでしょうか。
- 従来の(固定的な)思考:
「自分の成功体験」や「自分が受けてきた指導法」に固執し、「なぜ言った通りにやらないのか」「相手の人間性を変えなければ」と正面からぶつかり、疲弊してしまう。 - プロティアン・キャリア的な思考:
- アイデンティティ(自分軸)の再確認:
「自分が仕事で大切にしたいのは『部下に好かれること』や『上司としての威厳を示すこと』か? いや、『チーム全体のストレスを減らし、一定の成果を出して自分の生活と心を穏やかに保つこと』だ」と割り切る。 - アダプタビリティ(適応力)の発揮 〜相手の特性を活かす関わり方の設計〜
相手を変えようとするのをやめ、「対応方法(アダプタビリティ)」を戦略的に設計します。
- 年上部下: 人柄とスキルを冷静に切り離し、領域を絞った「特定の判断責任者」として任せる
- 若手部下: 失敗への恐れや不安を理解し、目的とゴールイメージを共有して小さな成功体験を積ませる
- 相手に妥協して折れるのではなく、特性(得意・不都合やプライドのあり所)を客観視して戦略的に関わる
- 関わり方をしなやかに変えることで、チームの成果と自分自身の心の平穏を両立させる
- アイデンティティ(自分軸)の再確認:
相手を変えようと衝突したり妥協したりするのではなく、「相手の特性(得意・不得意やプライドのあり所)を観察・理解し、その力を最大限に活かすための関わり方をこちらから戦略的に選択・構築していくこと」。
これもまた、マネージャーとしての強い適応力(アダプタビリティ)であり、自分の心を守るための知恵なのです。
成功の基準を変える。「心理的成功」がもたらすもの
プロティアン・キャリアの最も大きな特徴であり、現代を生きる私たちに安心感を与えてくれるのが「成功の定義」の転換です。
「客観的な成功」にとらわれる息苦しさ
従来型のキャリアでは、成功の基準は主に「客観的な指標」にありました。
- 役職が上がること(昇進)
- 年収が増えること(昇給)
- 有名な企業や大きな組織に所属すること
- 他者からの評価や肩書き
もちろん、これらを目指すことが悪いわけではありません。
しかし、他者や組織の評価軸にのみ依存していると、思い通りにいかない人事異動や人間関係の摩擦によって、一瞬にして「自分は失敗したのではないか」という無力感に襲われてしまいます。
自分なりの納得感を育む「心理的成功」
これに対し、ホールが提唱したのが「心理的成功(Psychological Success)」という概念です。
心理的成功を重視する生き方にシフトすると、私たちの心に以下のような変化が生まれます。
- 他人のペースに振り回されなくなる
同世代の活躍やSNS上の眩しいニュースを見ても、「あの人はあの人の成功。自分は自分が大切にしたい軸に向かえているか」と穏やかに捉えられるようになります。 - 失敗や遠回りを「学びのプロセス」と思えるようになる
不本意な異動やマネジメントでの試行錯誤であっても、その過程で得た気づきがあれば、それは自分にとって確かな「成長(心理的成功)」として蓄積されます。 - 自分軸での「安心感」が得られる
世間の基準や組織の都合という外側の変動に怯えることが減り、「自分自身が納得して選んでいる」という内側からの安心感が育まれます。
現代の働く人がプロティアン・キャリアを活用するための現実的なアプローチ
「変幻自在に自分を変える」「心理的成功を目指す」と聞くと、「そんなにかっこよく立ち回れない」「自分には変化に対応できるような特別なスキルがない」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
決して、無理に転職を繰り返したり、派手な起業を目指したりする必要はありません。
大切なのは、日々の小さな意識と行動の重ね方ではないでしょうか。
アプローチ①:「小さな実験」を繰り返してみる
いきなり人生を大きく変えようとすると、リスクや不安が大きすぎて動けなくなってしまいます。
プロティアンな適応力(アダプタビリティ)は、日々の「小さな試行錯誤」から生まれます。
- 普段読まない分野の本を1冊読んでみる
- 社外の勉強会や異業種のイベントに一回だけ参加してみる
- 苦手なタイプとの会話で、いつもと少し違う聴き方を試してみる
「失敗しても痛くない程度の小さな実験」を重ねることで、自分の興味の幅や「意外とこんなこともできる」という適応の芽が育っていきます。
アプローチ②:自分の感情の「裏にある本質」を問い直してみる
心理的成功を感じるためには、自分が何を大切にしたいのか(自分軸)を捉え直すことが欠かせません。
単に「どんな作業が心地よいか」「どんな状態だと楽か」という表面的な感情だけでなく、「なぜ自分はそれに充実感や心地よさを覚えるのだろう?」と一歩深掘りしてみることがポイントです。
- 「一人で作業に没頭している時間が落ち着く」と感じる場合
→ 本質は「人と関わりたくない」のではなく、「自分のペースで、一つひとつの仕事に誠実に向き合いたい」という丁寧さ(価値観)かもしれません。 - 「誰かに『ありがとう』と感謝されたときが一番嬉しい」と感じる場合
→ 本質は「他人に褒められたい」のではなく、「誰かの困りごとを直接解消し、役に立っている手応えを得たい」という貢献(価値観)かもしれません。
このように「心地よさの裏にある本質(自分が本当に求めていること)」を丁寧に捉え直していくことが、揺るぎないアイデンティティ(自分軸)の土台となっていくのです。
アプローチ③:「社外でも通用する経験」を意識的に整理する
「自分には誇れるスキルがない」と思い込んでいる方でも、日々の中で無意識に行っている工夫や配慮がたくさんあります。
たとえば、不本意な部署で培った「多様な顧客の声を聴き分ける力」や、苦労したマネジメントの中で得た「価値観の異なる人と折り合いをつける力」なども、立派なポータブルスキル(持ち運び可能な能力)です。
会社という肩書きを一度外したとき、自分がどんな経験を重ねてきたのかを時々振り返り、整理しておくことが自信に繋がります。
まとめ
今回は、ダグラス・ホールが提唱した「プロティアン・キャリア」について、ジェラットの「積極的不確実性」との関連や、職場でのリアルな活かし方を紐解いてきました。
今回のポイントを簡潔にまとめます。
- プロティアン・キャリアの本質:
ギリシャ神話のプロテウスのように、環境の変化に合わせて自分の形を柔軟に変幻自在に変えていく自律的な生き方。 - ジェラット思想との繋がり:
「不確実さを受け入れる心構え(ジェラット)」を土台にして、「変化に合わせて柔軟に自分を変える実践(ホール)」へと繋がっていく。 - 支える2つの柱:
- アイデンティティ(自分軸):
単なる居心地の良さにとどまらず、「自分が本当に求めている本質(価値観)」を捉え直して持つ芯。 - アダプタビリティ(適応力):
相手や環境に妥協するのではなく、相手の特性(得意・不得意等)を見極めて自分の関わり方を戦略的に選択・構築する力。
- アイデンティティ(自分軸):
- 成功基準の転換(心理的成功):
他者評価や肩書き(客観的成功)にとらわれず、自身の納得感や成長(主観的成功)を大切にすることが、心の安定と安心感をもたらす。
キャリアを変幻自在に整えていくプロセスは、決して「自分を偽ること」でも「流行に合わせて流されること」でもありません。
自分の根っこにある大切な価値観を守るためにこそ、表面の枝葉を柔軟にしならせていく作業なのです。
★従来のキャリアとプロティアン・キャリアの比較
| 比較項目 | 従来のキャリア(組織主導) | プロティアン・キャリア(個人主導) |
| キャリアの主導権 | 組織(会社) 会社が道筋や昇進ペースを決める | 個人(自分自身) 自分が人生のハンドルを握り決めていく |
| 主な目標・関心事 | 組織内での成功 昇進・昇給・役職・肩書きの獲得 | 心理的成功 自己成長・納得感・主観的な充実感 |
| 成功の基準 | 客観的評価 他者からの評価、社内でのポストや年収 | 主観的評価 自分軸での納得感、目指す姿への到達度 |
| 環境変化への姿勢 | 固定・警戒 既存の枠組みや過去の成功体験に固執する | 柔軟・適応 変化を受け入れ、自分自身をアップデートする |
| 核となる要素 | 組織への忠誠・専門スキル 社内政治や特定組織で通用する能力 | アイデンティティ(自分軸)× 適応力 譲れない価値観と、環境に合わせる柔軟性 |
| キャリアの形状 | 一本道(階段型) 直線的に上を目指して上っていくイメージ | 変幻自在(波乗り型) 時代の波に合わせて柔軟に形を変えるイメージ |
| 主な心理的契約 | 継続雇用(保障) 会社のために働けば、身分が守られる | 継続的学習(成長) 自ら学び成長し続けることで、どこでも活きる力を培う |
おわりに
社会の変化が早く、先々の見通しが立ちにくい現代において、「このままでいいのだろうか」「これから自分はどう歩んでいけばいいのだろう」と不安や迷いを抱くのは、ごく自然なことです。
無理に前向きな目標を立てたり、焦って答えを出そうとしたりする必要はまったくありません。
「自分にとっての心理的成功とは何か」「自分が本当に求めている本質とは何か」ということについて、一人で考えていると頭の中が絡まってしまい、なかなか見えてこないこともあります。
そんなときは、言葉にならないモヤモヤや迷いを、そのまま誰かに話してみることから始めてみませんか。
「キャリアカウンセリング Office SORA」では、特別な実績や明確な目標がなくても、あなた自身が感じていることやこれまでの歩みをゆっくりとお聴きし、絡まった糸を一緒にほどいていくお手伝いをしています。
あなたが自分らしい「自分軸」を見つけ、変化の時代を穏やかに、そしてしなやかに歩んでいくためのサポートができれば嬉しく思います。
いつでもお気軽にお声がけくださいね。

